気晴らしのススメ

男60歳が、書くことで気晴らしと記録を。そして読んでくださる方のささやかな気晴らしにもなればと。

飛ぶ夢 -時間を飛ぶ-(1)

sinsingです。

前回のブログで、

エッセイは、
・短い中で、深い知識や鋭い見識の披瀝もあり。
・短い中で、見事な構成をこらしたものを見つけることもある。思わず感嘆してしまうような上手さ。
・短い中で、本当にそんなことあったの?と驚かされるようなこともたびたび。
そして何より、エッセイは、ときに私の過去や、私そのものにコミットする…。

と書いた。

沢木耕太郎 のなかに 山田太一が…

沢木耕太郎のエッセイが好きだ。まだ多くは読んでない気もするが、生き方や考え方において、沢木はあこがれの人でもある。
最近、彼のエッセイ集 「チェーン・スモーキング」を読んだ。1990年刊 沢木43歳ころの著作だ。
部分において、彼のエッセイが「私の過去や、私そのものにコミット」した。

なぜ私そのものにコミットしたのか? 
第1編で沢木が、山田太一の小説『飛ぶ夢をしばらく見ないに言及したからである。
「おー、沢木よ、あなたも『飛ぶ夢……』を読んでいたのか!」と驚きを隠せなかった。

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左:「チェーン・スモーキング」沢木耕太郎著 1990年新潮社 単行本
右:「飛ぶ夢をしばらく見ない山田太一著 1985年新潮社 単行本


 山田太一沢木耕太郎は、もっとも好きな作家のなかの二人。その沢木が、山田太一作品中 私がもっとも好きな『飛ぶ夢をしばらく見ない』の一部を引用していたのだ。
 たとえは悪いが、当たった100万円の宝くじに、世界一周旅行が商品として付いてきたみたいな気分。

 『飛ぶ夢……』に出合ったのは20代の後半から30歳くらいの頃。引き込まれ、読むのを惜しみながら空想の世界を愉しんだ記憶がある。ノスタルジックな恋愛小説のような、空想小説のような…。
 その後もう一度読んだが、それ以来ながく触れていない。もったいないという気持ちと、自分という者が変化してしまい不感症になってはいまいかという怖れの気持ちからである。 まあ、それほど好きな作品なのです。

沢木は、『飛ぶ夢をしばらく見ない』のなかの以下の部分を引用した。

 ”とぶゆめ” をしばらくみない  
 といふはなしをしたら その夜 
 ひさしぶりに ”とぶゆめ” をみた    

いわゆるエピグラフ(書物の巻頭に置かれる短文)である。この山田太一の小説で、主人公の男はあり得ない世界に ”飛んだ” のだ。それとともに、30歳だった私も ”飛べた”。

 そして いま59歳のわたし。
 沢木のエッセイ「チェーン・スモーキング」で、わたしの心も再びさまざまに”飛ぶ”ことが出来た……。
 沢木の文章を借りながら、わたしも ”飛ぶ”。そのゆくえを書き残しておきたい。


母へ”飛ぶ” (レクイエム)

沢木によって、わたしの飛ぶ夢は ”” に向かった。

- 人は死んだらどうなるのだろう。ぼくは死んだらどうなるのだろう。死んでしまったら、家族と別れ別れになり、どこか知らない場所にいかなくてはならないに違いない。私にはそれが恐ろしくてたまらなかった。 - 
「チェーン・スモーキング」(単行本)9p.より引用

沢木が5、6歳の頃の恐怖心だったという。
これは、わたしが9、10歳の頃の恐怖心と同じであった。

 死んだら自分はどうなるのか、そしてそれ以上に、母が死んだらどうなるのだろう。自分のことをこれほどまでに愛し慈しんでくれている、隣で寝ている、この母が死んだらわたしはどうなるのだろう。悲しみの大きさを想像するとなかなか寝付けなかったことを沢木の文章で思いだした。
 母の死に対する恐怖はその時期のみのことだった。自分の死に対する恐怖はその後もつきまとっていたが。

 6年前、母は脳出血で突然に他界した。
 母親孝行をなにも出来なかったわたしは、せめて、「小学生の頃、母さんの死を心から恐怖していたんだ」と語っておけば良かった。大人になっても憎まれ口ばかりを吐き、反抗ばかりしていた自分が、それほどにあのころ母を好きだったということを、ひとこと伝えておけば良かった。とてもとても大切な人なんですと口に出しておけば良かった。
 すべてはもう遅い。

エッセイで沢木は次のような文章も使っている。登山家メスナーの書物のデディケーション(献辞)である。

- 神秘に充ち満ちた世界へ行かせてくれた わが母に捧ぐ - 
 前掲77p.より引用

 この有名登山家は書物を母親に捧げることができた。
 それにひきかえ、わたしが母に捧げたものは終生無かった。プレゼントひとつ、優しい言葉ひとつ、感謝の言葉ひとつ、なにも無かった。
 いつかは、と心の底ではおもってはいたが、認知症が進み始めた母を直視できず、会話もろくにかわさず、突然逝ってしまった。
 母の無償無私の愛のすべてを、わたしは無尽蔵にただただ受け続けただけだった。
(芥川の名作「杜子春」。 杜子春の両親は、地獄で鬼どもの鞭によって肉が裂け骨は砕けても、杜子春を守った。そんな愛を思い出してしまう。)

人生最大の後悔。

沢木によって、母への思いが千々(ちぢ)に蘇った。
そして ”飛びたい” と思う。 ほんのわずかな時間でいい。母のいた時間へ。
母に触れ、母に心からの感謝を伝えたい。

母さん、ゆるして。
(母の亡きあと、父とは一定の時間を共有することが出来た。だが父への後悔もつのるばかり。)

みなさんにはそんな後悔がありませんか? 時間を飛びたいと思いませんか?

そしてわたしは次の世界にふたたび飛ぶ……。